ユートピア/ディストピア

2日前のエントリーの続き。

ベーシック・インカム入門 (光文社新書)

ベーシック・インカム入門 (光文社新書)

これをようやく読了。面白かった。この前に読んだ本の方は対談形式で読みやすく、また基本的に日本の福祉制度の問題点と改善案を一つ一つ具体的に話し合ってゆく形で徐々にベーシック・インカムの話題に入っていくが、この『入門』はそのものずばり現在の福祉制度の欠陥を正面から批判した後、ベーシック・インカムへと通じる思想史・社会運動史を概説的にまとめるので、物語的に楽しめる。フェミニズム、イタリア現代思想、日本の障害者運動とならんで、わりと「正統派=リベラル」の経済思想の中にもベーシック・インカムに通じる発想を読みこんでゆく著者の目配りの広さが光る(エズラ・パウンドが肩入れしたダグラス少佐なんかもこの文脈で触れられているが、パウンド研究者の人たちならどう思うだろうか)。


その一方で、しばしば話を広げすぎて、ここでの「ベーシック・インカム」とは具体的に何なのか、具体的な形態が見えにくくなるわけだが、まずは理念と理想を語って広く共有しようという著者の意図は大成功していると思う。僕の感想としては、ベーシック・インカムにはユートピア主義的な側面があり(著者は実際その起源をたどる上で、フーリエ主義とか、トマス・モアにも一回だけ触れている)、現在の時点でそのような理想を復活させることには大きな意味があると思う。


翻って、保険・保護方式の福祉国家が生み出す構造的問題としての監視・抑圧性、性差別、受給者に附与されるスティグマなどの心理的負荷を指摘する著者の舌鋒は鋭く、説得力がある。例えば次のように。

 最後に、たとえ完全雇用が達成されたとしても残る福祉国家の問題点について触れておこう。前述した福祉受給にかかわるスティグマ(恥辱感)は、いわゆる完全雇用が達成されたとしてもまったくないわけではない。「救済に値する」として無拠出の社会保障を受けてきた人たち、例えば典型的には障害者たちは、賃金労働を中心とする福祉国家の仕組みの中で、こうしたスティグマを常に引き受けてきた。
 つまり、スティグマと生の序列化は、福祉国家の理念自体に内在した問題点でもある。賃金労働に従事し生活できる者たちを標準として、高齢者、障害者など労働できないとされる人々や、賃金労働はしているが、それだけでは生活できない人たちを、それより一段劣るものとして、そして労働可能と看做されながら賃金労働に従事していない人々を最も劣るものとして序列化していく、そうした仕掛けを福祉国家は内在化しているのである。*1

なんというか、福祉国家が監視・管理国家へと反転するこのようなメカニズムは、オーウェルを思い出した。どこまで妥当な連想かは検討してみよう。


もうひとつ、続けて以下のものを。

公平・無料・国営を貫く 英国の医療改革 (集英社新書)

公平・無料・国営を貫く 英国の医療改革 (集英社新書)

なにかこう、タイトルだけ読むとブレア改革の手放しの賛辞のような感じで、実際内容はニューレイバーによるNHS改革を概して好意的に概観したものになっていて、ややこしい制度改革の概略をまるっとつかむには良い本。まあ、バランスについては他の本を参照することにしよう。


一点だけ気になったのは、ブレア改革においてはNHSの効率性・経済性(費用対効果)が非常に重視されていて、その評価にはクオリ(Quality adjusted life year)という指標が用いられているのだという。めんどくさい詳細は省略するが、つまり、一人の個人の生の「質」を政府がらみの委員会が価値づけるような方向性に行っているのであって、NHSは基本的に税方式で普遍主義的にやってはいるけど、保険・保護方式のような「生の序列化」が忍び寄る余地がここにもあるのではないかとふと思うと、いや、問題は想像以上に面倒ですね。

*1:同書56-56ページ