機械の時代の喜劇

街の灯 コレクターズ・エディション [DVD]

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モダン・タイムス [DVD]

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チャップリン再入門 (生活人新書)

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最近観ていたDVD。本のほうは、チャップリンの残したNGフィルムを全て観たという著者による手に取りやすい入門書で、2007年に同著者が出した『全貌』の簡略版、といったところか。チャップリンがいかに性的な内容や人種差別的なジョークから脱却し、普遍的なユーモアとヒューマニズムの境地に到達したのか、という話。たとえば47ページで著者は以下のように述べている。

 チャップリンは「笑いと涙とヒューマニズム映画作家」であるとしばしば言われ、むしろ「乾いた笑い」のキートンを持ち上げるという風潮がかつてあったらしい。だが、チャップリンの「ヒューマニズム」は、あくまで笑いや芸にこだわって、果てしなく撮り直しの末に体得されたものであることは強調しておきたい。時代や国境を越えて響く彼の「メッセージ」も、磨き抜かれた身体芸に裏打ちされているからこそいまだ説得力を持つのである。


うん、堂々たる主張。ところで、「〜という風潮がかつてあったらしい」とここでは書かれているけど、著者とほぼ同年代の僕自身じつはそういう風潮に身に覚えがあって、高校〜大学のころはTVでやっていてもチャップリンはほとんどみむきもせずに、深夜に放送していたキートンの『セブン・チャンス』とか『大列車追跡』『蒸気船』なんかの息をのむようなダイナミズムに熱中していたのだが、それはおそらくそのころおおきな存在感を持っていたある映画批評家の完全な影響下にあってのことだったのだろうなあ、思い返してみると。こうしていまあらためてチャップリンを見てみると、偏った趣味は損をするということがわかる。ただ、キートンチャップリン、どちらが優れているのかなどという判断には関心がなくて、おなじ喜劇映画といっても、この味わいはずいぶんと別のものであるような気がする。くらべればチャップリンの個性がわかるようになる?


タイトルはそろそろ出るのを楽しみに待っているある批評家の近著から。表紙のスチルは『モダン・タイムス』からですね。


Machine-Age Comedy (Modernist Literature & Culture)

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