動物と語る人の面影

ドリトル先生の英国 (文春新書)

ドリトル先生の英国 (文春新書)


なにかこう、新書ばかり読んでいるような印象を与えるかもしれないが、僕はけっこうこの媒体が好きで、特に通勤のお供には欠かせない。せっかくなので初学者向けに、「新書で学べるイギリスの文化・歴史」というプリントを作ったらどうだろうと思って検索をかけたら、けっこう面白そうな本が、ぽろぽろ出てくるではないか。話題も多岐にわたっているし。


早速、20冊あまりアマゾンマーケットプレイスに注文。


で、まずはじめに手が伸びたのが、なんといってもこの本である。著者は導入部で、「私にとっては、小学生時代のドリトル先生との遭遇こそが英国文化とのはじめての出会いだった」と語り起こしている。それはもう、幸福な出会いだったに違いない。と思ったのだが、よくよく考えると、「先生、私もです」。


僕も小学生のころに、夢中になって読みました。


ところが、この著者と違って、僕の場合はその後ドリトル先生シリーズを読み直すことがほぼ無かった。なので、もうほとんど忘れているとばっかり思っていたのだけれど、著者の巧みな引用のその一つ一つが、記憶の暗い淵に沈んでいた甘美な読書体験をあらためて喚起してくれる。カナリア・オペラを訪れる、特別な聴覚を持ったパガニーニ、アブラミのお菓子、「オランダボウフウ」、「世捨て人のルカ」、そして何よりも、ドリトル先生の暖かく賑やかな家族たちが住まう「沼のほとりのパドルビー」…何で忘れた気になっていたのだろう、ぜんぶちゃんと覚えているではないか。もしかして、これが原点?


ドリトル先生の童話シリーズも、その最良の入門書としての本書も、その描き出す人間と動物の世界の陰影のすべてを含めて、どんな世代の人にも勧めることができる、そんなとても良い本である。


動物と語る人はなによりもまず慈愛のひとなのであり、その面影の優しさに対して子供心に感じた憧れを、思わず追体験