休暇中に読んだ本②

Terrorist: A Novel

Terrorist: A Novel


こっちはおもに帰りの飛行機のなかで読む。テロ小説シリーズその①の予定。ジョン・アップダイクは1932年の生まれだから、この本が出た2006年でなんと御年74歳、で、現役作家なのか。代表作と言われる「ウサギ4部作」の最初の本が出たのは1960年、それから20作近くの長編小説、10冊以上の短編集、それに加えて詩、エッセイ、批評、回想録、たいへんな多作家であるらしいのに、アップダイクの作品は初読。もし彼が生まれてくるのがあと10年、20年遅かったらもう少し「同時代作家」という感覚で読めたのかもしれないが、1960年代、1970年代のアメリカ社会を背景とした小説のイメージというと、世代の違う自分にとっては、なんだかテレビで親の世代の懐メロ番組を観るような気分になりそうで、それでちょっと敬遠していたのかもしれない。


アップダイクは例の同時多発テロの直後から深い関心を抱いていたようで、『ニューヨーカー』にスーザン・ソンタグなどと同時に短文を載せていたり、2002年11月には『アトランティック』という雑誌に、自らのテロ目撃体験も織り込んだ短編「宗教的体験の諸相」を掲載している。*1


その体験を5年かけて練り上げて、長編としてまとめたのが本書、ということになるのだろう。ただ、この作品が扱っているのは例の事件そのものではなくて、時間も「その後」に設定されている。主人公はエジプト人の父、アイルランドアメリカ人の母(父は失踪)を持つ18歳の少年Ahmad。彼はNew Jerseyの街New Prospectの高校の「腐敗」した環境での日々に反発するかのように「純粋さ」を求めてイスラム信仰にますますのめり込んでゆく、そしてその先に彼を待ち受けていた運命は…という話。


全体として、スリルを求めるにしては話がやや冗長にすぎるような気がするし、18歳の少年の心理に焦点を合わせるからには不可避なんだろうけど、セクシャリティと家庭環境の問題についてのほのめかしがずいぶん多い。かならずしも説得的ではなく、還元的な解釈もできなくはないようになっている。ただ、そのAhmadの心理がしばしば、なぜか同性愛を暗示するようなやり方で描写されているのは、表象の問題としては、興味深いのかもしれない。


あと、物語の構図としては主人公のsurrogate fatherの位置に収まる、生徒指導担当の引退間近の高校教師Jack Levy(ユダヤ系の信仰喪失者)の愚痴っぽい内省とか、主人公が働く家具会社の御曹司、Charlie Chehub(レバノン系のムスリム一家)のニヒリズムの影を宿した資本主義=消費社会批判とかの部分はわりと面白くて、テロ=悪という構図よりも、むしろ、テロ側の視点から批判的に見られたアメリカ社会の退廃的な現状のほうを具体的に描写するために、ひたすらページ数が裂かれているような印象を持った。メディア批判とかも。Levyの妻、Elizabethの肥満の描写は、消費と怠惰に膨れ上がるそのアメリカ社会の諷刺的な象徴、ということになるのだろうか。でも、女性登場人物の描写はどれも、あまり上手くない、というか、正直、かなりステレオタイプだと思うんだけど。


なんか否定的なことばかり書いている気がするが、それなりに楽しんで読みました。

*1:このサイトの情報から。