どれ?

 大エルミタージュ美術館展at上野東京都美術館に行ってきた。

 この朝直前まで六本木のクリーブランド美術館展とどちらにしようか迷っていたのだが、エルミタージュのためだけに単身ロシアに乗り込む機会もそうないだろうと考えたら自然と上野に足が向かう。平日の昼間だというのにたいへんな人混み。日展のお客かと思ったら、みなやっぱりエルミタージュが目当てみたい…。


 エルミタージュは所蔵品300万点、油彩画だけでも1万7千点という大変な規模らしいが、せいぜい80点の出張展でその規模を再現するのは無理な話だし、全体としては「見本市」みたいな感じか。ルノワールピカソユトリロあたりの有名どころもそれぞれ1枚ずつ来てるけど、それらに時間をかけるならむしろ今は無名の19世紀アカデミズムの洗練によるブルジョワ風俗描写を面白がるほうがいいかも。cat.no.9, 10のギュスターヴ・ド・ヨンゲによる女性像や、cat.no.15フランソワ・フラマンの『18世紀の女官たちの水浴』(1888)などは「かわいい」絵だなあと思うしね。フラマンはパリのボザールの教授をやっていたそうだが、さもありなん。


 もちろん良い絵も何枚か見れた。まず、cat.no.1、15世紀末のヴェネツィア派の無名画家の手になる聖母子像は、青と金糸から成る聖母の着衣の描き込みが素晴らしい。次に掛けられたヴェロネーゼ『エジプトへの逃避途上の休息』(1530s)もやわらかな光の処理が息を呑むほど。ルネサンス前後のイタリア絵画の底力を感じる。

 cat.no.8『オウムと子供たち』を描いたクリスティーナ・ロバートソン(Christina Robertson, 1796-1854)はスコットランド肖像画の伝統を継いでいるようだがもっと明らかに理想化したスタイル。ロシア貴族に重用され、かの地で没しているようだ。名前からすると女性のようだけど、ちょっと変り種なのかな?  
 今回のハイライトは展覧会の第二セクション「人と自然の共生」で、とどのつまり風景画のコレクション。まずはやっぱりライスダールのcat.no.26『森の中の小川』(1665-70)。彼の円熟期の傑作のようで、カンヴァスのサイズもかなり大きめ。画面中央には森の奥へと通じる小道を歩む旅人たちの小さな姿が描き込まれており、視線が暗闇へと自然に惹き込まれてゆく。中央左上方の曇り空の切れ目からかすかに差し込む光がやわらかな色調の変化を作っている。

 そのすぐ隣にはグァルディのcat.no.33『風景』(1775-1785)。おそらくは嵐の後なのだろう。画面左奥に見える海はすでに凪いでいて何艘かのボートが出ているのだが、正面の陸にはまだ嵐の爪あとが生々しく残っており、人々が後片付けをしている。画面中央を占める木の幹は竜巻に遭ったかのように奇妙に捩じれて枝葉も無く裸の姿を晒している。空は青いのだが中央奥と左には灰色の雲がまた沸き立っているように見える。グァルディというとカナレットと競合するヴェニスのヴェドゥータ(都市景観画)ばかり見慣れているが、これはむしろ奇想画のほうか。ちょっと不思議な入り江の光景。

 あとはやはりギュスターヴ・ドレのcat.no.44『山の谷間』(1878)が素晴らしくて、これを見れただけでも来た甲斐があった。ドレというとドン・キホーテや『神曲』など、挿絵の活動がメインかと思いきや、実は風景画を描かせても上手かったというのが意外。なだらかな谷間を描いたものだが、これはドレがスコットランドを旅行した際の体験を元にしているそうだ。全体に荒々しい筆使いで、画面中央下方の渓流の部分などは絵の具が盛り上がっている。右方の丘を奥に向かって上ってゆく鹿の群れと、前方に流れ下る小川との2つの運動性が絶妙なコントラストを成している。なかなか見れまい、と思ってたらエルミタージュのサイトで見れるんですね。*1


 都市景観のほうでは、オスヴァルト・アヘンバッハのcat.no.71『ナポリ湾の花火』(1875)が夜の一瞬の輝きを捉えて秀逸。オヘンバッハはベックリンに影響されて絵画を始めたというが、心なしか明暗の使い方が似てるような気がする。

Oswald Achenbach
Fireworks in Naples 1875
65.5×100.5

 あと面白いのといえばユベール・ロベール(1733-1808)のcat.no.34『廃墟のなかにいる洗濯女』(1760)だろうか。たまたま同じ画家の作品を先月新宿でやっていたウィーン美術アカデミー名品展で見たばかりだったので。これは廃墟の想像力とでもいうのかな。ちょっと見、ルーブル宮なんだけど…。